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 ≪摂社≫ー学問・使節の神

     たかむら

小野篁神社(祭神・小野篁命)

 平安前期(西暦802年〜852年)、参議岑守(みねもり)の子、漢学者、歌人。西暦834年遣唐副使を命じられ、836年に出発。しかしこの度は暴風雨にあって遣唐使の目的を断念する。838年再度、遣唐副使に任じられたが大使藤原常嗣との折り合いが悪くなり渡唐をとりやめる。この時、「西道謡」を作って遣唐の役を風刺したため、嵯峨上皇によって篁は隠岐島へ蟄居される。三年後許されて帰京、昇進を重ねて参議、従三位となる。「参議」は太政官の官名、政務審議の構成員で大、中納言に継ぐ要職である。

 篁は漢詩文にすぐれ勅を奉じて「令義解」の撰進に参加している。篁の詞は「経国集」「和歌朗詠集」「扶桑集」「本朝文枠」に収められ、和歌は「古今集」に六首。「篁日記」は後人の作で、篁の歌を中心とした歌物語である。野相公、野宰相ともよばれている。

 百人一首に「わたのはら八十島かけてこぎいでぬと人に告げよあまのつりぶね」の歌があり、境内には歌碑が建立されている。

 社殿は祭神の古墳上にある。建物は旧国宝、現在重要文化財である。

■小野篁歌碑

■小野小町供養塔