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       しとぎ

古式大祭 餈祭のいわれ

 米餅搗大使主命は延喜式の神名帳より古い新撰姓氏録(西暦815年)によれば応神天皇の時、日本で初めて菓子、餅の元である餈(しとぎ)を作られたので、米餅搗(たがねつき)の姓を賜わったと記されている。

 今も神社では、1200年来伝承している古式餈祭が11月2日に行なわれている。この餈祭には新穀の餅米を前日より水に浸しておき、生のままで木臼で搗き堅め藁の「ツト」に納豆のように包んだ「餈」を中心に、竹馬の酒と称して青竹に入れた酒、青竹に入れた蜂蜜、山の菓として称して栗、水の菓として称して菱が献供される。

 また、毎年5月第2土曜日は、神社境内御神田において、餈の餅米を作る御田植祭が斎行される。この御田植祭は現在日本各地で行なわれている御田植祭の最も古い形のものである。

餈について

 餈という言葉が歴史の上に現れるのは今より三千年前の昔、中国の周朝廟の神饌品中に出てくる。しかしこの餈はただのウルチを飯に炊き飯を捻り固めた団子であり、餅の元祖ではない。

 餅の品種は小野の祭神がウルチより品種改良して創り出されたものである。餅米はウルチとは全く異なった品種である。ヨード反応も反対。アミノペプシン100%の純粋のもの。細胞組織も反対の網の目のような構造である。現在でもわざとウルチを加えた餅を祭神の名であるタガネの名を冠してタガネ餅と称している。

 また、祭神はこれまで湿地地帯にのみ限られて栽培されたために収穫の少なかった原始農法による米作を、古代氏族のタガネ族といわれた一族のもつ石垣積みの技術を導入して、近代的な農業に創出されて広い日本の全土に新種の米を栽培され、主食の王座になる程収穫ができるように生産高を上げられた。

 また、栗や菱と餅及び蜂蜜を使って現在の菓子の元を創られた。

■御田植祭

■餈